今日の1曲

古い曲に偏りますが1曲チョイスして綴ります。

今日の1曲 (126)君は特別/郷ひろみ(1974)

 

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作詞:岩谷時子/作曲:筒美京平

発売:1974(昭和46)年6月21日 (当時18歳)

売上:16.4万枚(オリコン最高6位)

1974(昭和49)年6月に発売された郷ひろみさん9枚目のシングル曲です。

 

●GOGOGO

デビュー曲「男の子女の子」以来の、🎵GO

のフレーズがある曲です。

「男の子ー」ほど、露骨にGO!GO!GO!GO!というものではなく、歌詞の途中に🎵なっつの恋はゴゴッゴー、とさりげない感じで出てきます。

 

●やや落ち込み

この時期の彼のシングルとしては、前後の他の曲と比べて最高順位が低く、売上枚数も20万枚を切っています。

確かに少々地味な感じの楽曲でインパクトには欠けたかもしれません。それでも16.4万枚、勢いのある時期ではありました。

そして次のシングルは、彼の初期の代表曲よろしく哀愁がリリースされ、オリコン1位を初めて獲得し50万枚を売り上げています。

 

●きっとおいでよ

きっとだよ、初めて愛したかわいい君は特別なんだよ、という楽曲です(笑)とにかく、きっとだよ待ってるよ僕1人の部屋で、ってことでしつこいほど、おいでよと誘ってます。

 

●当時の状況

この時18歳だったんですね。19歳になる年でしたが高校は卒業してなくて、高校は5年目の途中で卒業したといいます。その後大学進学を目指していたということで、芸能の道に生きながら高校を中退せずに勉強もそれなりにしていた訳ですね。

まだジャニーズ事務所に在籍していた頃で、少し後に脱退することとなります。ジャニー氏の彼に対する寵愛ぶりはハンパなかったといわれ、これが脱退の要因になったとも。

彼がジャニーズ事務所に居たことは後から知ったので、当時の状況をリアルでは知りませんが、当時のジャニーズといえばフォーリーブスぐらいしか居なかったのでは?という感じで、そのフォーリーブスも全員が成人し、人気的に下降線をたどり始めた頃でした。

 

●ジャケット

当時のアイドルのレコードジャケットは、こういう顔のアップか全身像か上半身半分かしかなく、バリエーションに乏しくなるのですが、この曲は顔のアップでした。

同じ新御三家野口五郎西城秀樹という彼らのように長く髪を伸ばしておらず、ちょっと長めという感じでしたが、デビュー期から比べるとだいぶ垢抜けて、柔らかい感じの顔になって来ていました。

 

 

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今日の1曲 (125)イヴニング・スキャンダル/倉田まり子(1980)

9月ももう終わる…「今日の1曲」。

今日はこの曲!

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作詞:亜蘭知子/作曲:都倉俊一

発売:1980(昭和55)年1月21日 (当時19歳)

売上:2.9万枚(オリコン最高51位)

1980(昭和55)年1月に発売された倉田まり子さん4枚目のシングル曲です。

 

●シリアス系ポップソング

彼女のデビュー曲は「GRADUATION」という正面切った卒業ソングで、ゆったりとしたバラード調、次が「いつか、あなたの歌が」というこれもバラードからサビで少しテンポが上がりますが、全体にゆったりした感じでした。

3枚目がポップ全開に振り切ったHOW!ワンダフルで、彼女の楽曲で最も売れ、代表曲になったと共に、人気を確立した曲でもありました。

そしてこの曲…、前作が明るいポップスだとすると、本作は翳りを含んだシリアスなポップスになるでしょうか。

 

●恋の夜

ある夜恋に溺れて、抱きしめられたら不思議なときめきが身体を駆け抜ける…、悪魔の口づけを浴びせられたら…スキャンダラスな夜に溺れる…そんな感じの曲です(笑)

ただ個人的に歌詞よりも、独特のメロディーが惹きつけられます。

ポップでスピーディー、だけどどこか翳りを感じるメロディー。

彼女が歌う楽曲は、ポップソングでもどこかしら翳りを感じてしまう不思議な雰囲気があります。つきぬけるような笑顔弾けて100%!みたいな楽曲がなかなかないですね。これは彼女のキャラクターというか、もった雰囲気がそのようにさせているのでしょうか。

 

サウンド

先ほどメロディーが好きという事を書きましたが、特に間奏の色んな音の融合は好きですね。トランペットみたいなのがうねってたり、ギターがうねったり、色々グシャグシャッとなった感じが妙に好きです、一言でいうと「ファンキー」な感じで。

 

♪抱きしめーてー ベーイビー から盛り上がってくる感じも好きです。

終奏も間奏のようなメロディーラインですが、時間的に短く淡泊に終わってしまう感があり少々残念な気がしました。

 

●B面

「ミスティーという曲です。

これも同じようなスピーディーでシリアス調の楽曲です。

全く似た様な楽曲の組合せというのも結構珍しくないでしょうか?って感じでした。

ポップなのに翳りの方にばかり気持ちが惹きつけられます。

似た曲ではありますが、彼女の楽曲の中で、この2曲は個人的に大好きです。特にサンド面が、ですが。

 

現在は坪田まり子氏として社会人のコンサル的な事を職業とされ、芸能界では不本意な最後となってしまいましたが、まさに己の力で人生を切り開いて、ここまでになったんだなという事を、彼女を見てるとものすごく思い知らされます。

 

 

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今日の1曲 (124)プライベート・ガール/ARB(1986)

すっかり9月も終盤へと突入となった「今日の1曲」。

今日はこの曲!

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作詞/作曲:RYO&HISASHI

発売:1986(昭和61)年11月21日 (石橋凌:当時30歳)

売上:不明(オリコンチャートインなし)

1986(昭和61)年11月に発売されたARB14枚目のシングル曲です。

 

●アルバムと同日発売

この曲は同日に発売されたアルバム「ONE and Only DREAMs」のシングルカット版で、シングルとアルバムが同じ日に発売されており、カップリングの「SPEED OF LOVE」もアルバム収録曲です。シングルカットしたうまみをあまり感じませんでしたが…。

 

●第三期ARB

ARBというバンドは、ボーカル石橋凌氏とドラムのKEITH氏以外は交代を繰り返してきたバンドで、ギターとベースは3代ずつくらい後退しており、その時々の在籍メンバーにより音が変わっていきました。

この当時はギターが斎藤光浩氏から白浜久氏へ交代した頃で、サウンド的にも打ち込みを多用したものへと変貌していってました。

なのでアルバム曲の音を聴いていても、これ以前のものはある程度生バンド的なものを感じましたが、この時期からは色々とアレンジで加工されている事をものすごく感じます。

最初期にメンバーチェンジしてるので、これを含めるとこの時期は第四期ともいわれますが、大別して第三期と記しました。

 

●メディア進出

またこの時期もっとも顕著な変化といえば、やはり石橋凌氏の俳優業への本格的な進出でした。

この頃女優の原田美枝子さんと結婚、そんな時に松田優作氏が最初で最後に監督した映画ア・ホーマンスに出演が決定し、その名が一躍知れ渡る事となりました。

石橋氏自身はARBというバンドをもっと売れるようにしたい事と松田氏への憧れで、その後俳優業を続けたといいますが、彼自身の名は上がっても、ARBの人気向上へそのまま反映はされなかった感はありました。

もちろんライブでの人気やアルバムの売上は多少増えたようですが、シングル売上としてはほぼ皆無に等しい感じでした。そして皮肉にもその後松田氏の逝去を受け、石橋氏が俳優に専念したいとの意向により1990(平成2)年最初の解散をします。

この曲の出た頃は、ベースがその後交代するものの、これ以外は解散時のメンバーでした。

 

●シングル向きの楽曲?!

ARBは元々アイドル的なロックスタイルを要求され、これを拒んで独立した経緯があり、これによりある程度自分たちの好きな作風の曲をリリースしてこれたと思いますが、その中でも「これはシングル向けとしてつくったものだな」と感じる楽曲がありました。

1982(昭和57)年、アルバム「W」のラスト曲「クレイジー・ラブ」がそれでした。ひとことで言えばシンプルな構成の楽曲でした。ストレートに入ってくる感じで。歌い方も大衆を少し意識したような感がありました。

この「プライベートガール」も同じ匂いを感じました。歌い方が他の楽曲のようなARBの世界というより、大衆を意識した感が個人的にはありましたし、詞やサウンドの作風がシティポップス系な感じがしました(♪車の鍵をつかむ~、など)。

当時こういう都会派的の曲が流行っていたのもあったのかなと。ロックにそういう部分を混ぜ込んで大衆へ馴染みやすくしたのではないかな?と感じました。

同日発売ではなく、先行シングルにすれば、あるいはB面をアルバム未収録にすれば、当時の石橋氏の世に出て行く流れからして、少しくらいは売れたんじゃないかな?と後から勝手に思ったりしましたが…。

まぁでもこれは分かりませんね、俳優・石橋凌に注目してもARBのレコードを買おうとなかなか直結しないもので、個人の人気がなかなかグループに還元されないのは世の常だな、とその後何十年も同様の例を見て思いました。

 

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今日の1曲 (123)エエジャナイカ ニンジャナイカ/こぶしファクトリー(2017)

今日も朝晩寒かった「今日の1曲」。

今日はこの曲!

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↓MVはコチラ↓

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作詞/作曲:星部ショウ

発売:2017(平成29)年6月14日 (当時平均16.6歳)

売上:初動2.2万枚(オリコン最高4位)

2017(平成29)年6月に発売された、こぶしファクトリー4枚目のシングル曲(両A面)です。

 

●ニンジャ

忍者がタイトルにも出てるくらい、忍者がモチーフの曲ですが、この曲のリリースの少し前に彼女たちが主演した「JKニンジャガールズ」という舞台作品が元になっており、前後関係からすると、これを元に出来た曲かと思います。

なのでこの曲に出てくる主人公はJK(女子高生)にして忍者、という奇抜な設定になっています。

 

●ファンキーナンバー

🎵ニニンガニンジャナイカ ニニンハジャナイカ どだってエエジャナイカ…と始まる、なんとも痛快に明るくてぶっ飛んだ歌詞で始まります。

この出だしの歌詞は、かつて70年代末期にザ・ドリフターズが声の吹き替えをしていた飛べ!孫悟空という、西遊記を模した人形劇のエンディングテーマだった「GO WEST」という曲の出だしを思わせるものがあります。(歌詞に♪ににんが三蔵とか、♪にしんが悟空、など出てきます)

しかしそのファンキーさゆえか、少々キワモノ扱いされた面もあり、個人的にはすごく好きな曲ですが、あまり人気に結びつかず、好意的なコメントも他より少なかった気がしました。舞台の延長上の曲ということもあったのか、ライブなどで披露されるのも限定的だった気がします。

 

●歌詞

いきなり♪私が忍者だっていうことを~ と自身が忍者である事を明かしています。

♪平日は授業で土日修業 ときて、この部分は彼女たち自身(アイドル)を思わせるものがありました。学業と両立して活動しているアイドルとおんなじだと。

日本のピンチといわれるトップシークレット、というのは舞台や同名の映画などにも反映されている設定です。ちなみに映画版は浅野ゆう子さんなどが起用されていました。

jkninja-movie.toeiad.co.jp

そんな過酷な任務に対して、「疲れるよね」「人間だもの」「女の子だもん」とたまには任務を離れて、あれこれしたい的な事を嘆く本音のような部分も表しています。これもまたアイドル活動になぞらえての描写かもしれないなと。

なんでケンカするんだとか指切りするという部分も舞台のストーリー描写です。これは楽曲として聴くよりも、舞台を見てから聴いた方が断然頭に入るところです。対立する羽目になった二人のJKニンジャが心の底では惹かれ合い、友達になりたいと思ってる、というような。

総じて、国家転覆の企みから国を守る任務を負ったJKニンジャ達が、その過酷さ故色々してみたいことを並べ立てている、そんな感じですが、これらを軽快なリズムに乗せて歌い綴ってるというところです。

 

●こぶし 危機の時期

この曲のリリースされた前後は、こぶしファクトリーにとって大きな転換点であり、その後危機的状況になっていった、そんな時期でもありました。

まず結成以来初めてメンバーの卒業が決まり、結成から約2年半で初めて「変化」が起こる事となりました。

しかしこれが「卒業」ならば良かったのですが、この後がいけなかった…。

卒業予定のメンバーが予定より早く「脱退」となり、グループのイメージが幾分ダウンしてしまった面があり、更には1人が病気休養を経てそのまま抜ける事となり、更に更にもう1人も脱退扱いとなり、2017年後半だけで3人が不本意な形でグループを離れる事となり、2018年からは8人いたメンバーが5人になって活動する事となります。

結局このグループは誰ひとり「卒業公演」が開催される事なく2020年春解散に至り、この曲はオリジナルメンバー8人時代の最後の曲でもありました。

 

●もう一つの曲

両A面シングルのもう一曲は「シャララ!やれるはずさ」という曲です。

先述のオリジナルメンバー卒業用に書き下ろされた曲でした…。こちらは後に人気曲になり、こぶしのライブでラストスパートの盛り上げ曲としてすっかり定番となり、後年5人になったメンバーで「2019ver.」として新録された事からもその人気と評価の高さが窺えます。

 

●楽しさの裏に

この曲のMVの間奏部分が特に好きですが、それは楽しそうにやっているみんなの様子が見て取れるのに、(1人の卒業は決まっていても)その後立て続けにメンバーが離れていくとは思っていなかっただけに、潜む闇を見てしまった感がありました。

それでも楽曲として、このファンキーで奇抜な曲は好きです。

 

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今日の1曲 (122)笑って許して/和田アキ子(1970) 

台風一過、9月も下旬に差し掛かり、寒いとすら思えた「今日の1曲」。

今日はこの曲!

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作詞:阿久悠/作曲:羽根田武邦

発売:1970(昭和45)年3月25日 (当時19歳)

売上:19.7万枚(オリコン最高11位)

1970(昭和45)年3月に発売された和田アキ子さん4枚目のシングルです。

 

●モノマネの定番

個人的にこの曲に対しての印象は、かつて吉村明宏さんがやっていたこの曲のモノマネでした。♪わらはって ひゅるしてへ みたいな感じの。

♪あんのころーは (ハッ) とやっていたのは「古い日記」(オリコン最高44位。5.4万枚)という1974(昭和49)年発売のシングル曲でした。

この2曲は、それこそ人のモノマネで認知したようなものですね。

 

●シングル曲

和田さんのシングルといえば1972(昭和47)年発売のあの鐘を鳴らすのはあなた(最高53位。4.1万枚)が有名で、紅白でよく歌われていた印象が強いですが、発売時曲はあまり売れていませんでした。

売れたのは1988(昭和63)年発売の「だってしょうがないじゃない」(最高25位。20.0万枚)で、この曲は順位こそ25位が最高でしたが約1年にわたって売れ続けたロングセラーとなりました。

チャート的に最も売れたのは、翌1971(昭和46)年発売の「天使になれない」(最高8位。22.0万枚)という曲で、この曲は今この記事を書くにあたって聴いてみるまで、全然知りませんでした。

近年まで、また和田アキ子単独名義では、この「天使になれない」が最高ヒット曲でしたが、2018(平成30)年に「BOYS AND MEN研究生」とのコラボで出した「愛を頑張って」という曲がオリコン最高2位を記録しています。

これは彼女のデビュー50周年記念として出されたものですが、デビュー曲は1968(昭和43)年の「星空の孤独」(最高70位。0.9万枚)という曲でした。次の「どしゃぶりの雨の中で」(最高19位。17.0万枚)がスマッシュヒットして、実質的な歌手としてのスタートを切ったというところでした。

 

●和製リズム&ブルースの女王

今でこそ和田アキ子という人はバラエティー界の重鎮、かつては「ゴッド姉ちゃん」と称され、バラエティーが主戦場のようですが、デビュー時のキャッチコピーがまさにこのタイトルのものでした。

なので元々は歌手であり、その歌唱力、歌声は高く評価されていたといいます。実際聴いててうまいなと思いますが、魂に響く歌唱をするなというのがまず感じるところです。

 

●楽曲

穏やかなリズムから始まり、穏やかな歌い口から始まるこの楽曲ですが、♪あなたひとり あなたひとり 命と決め と、強い情念を感じる部分になるにつれ、テンションが上がっていく感じで、♪しんじて ほしいーー、のところで最高潮になり、音がめちゃくちゃ伸びています。さすがR&Bの女王といった感じで。

そしてまた最初の♪笑って許して の穏やかな部分へ戻っていきます。

♪おねがいよーーー の部分がすごくパワフルな感じで、「お願い」というその言葉にも、色々な感情があったり、表現の仕方によって随分違った雰囲気となったりするんだな、という事をひしひしと感じます。

和田さんの恋愛曲の歌唱には、特に初期のものは「強い 女の情念」的なものが感じられます。思い切り歌い切るから余計そのように感じるのでしょうか?

レコードジャケットだけ見ると「笑って許してよ」と冗談めいた雰囲気を感じますが、この曲を聴くと、そんな感情はとても感じられるものではありませんでした。

 

いずれにしても、歌手和田アキ子の楽曲を聴き漁ってみたいなとたまに思う事があり、YouTubeで今度色々聴いてみようと思います。やはり歌のうまい人の楽曲は聴きごたえがあるので。

 

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今日の1曲 (121)君をのせて/沢田研二(1971)

3連休なんてあっという間すぎる「今日の1曲」。

今日はこの曲!

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作詞:岩谷時子/作曲:宮川泰

発売:1971(昭和46)年11月1日 (当時23歳)

売上:10.3万枚(オリコン最高23位)

1971(昭和46)年11月に発売された沢田研二さん(以後「ジュリー」と表記)のデビューシングルです。

そう、ジュリーはこの曲でデビューしたのです。

 

●MY BOAT FOR YOU

と横に書いてありますが、これは副題だそうです。

決して、洋学のカバーではなく、作詞はもちろんですが、作曲は宮川泰さんによるものです。

 

●ソロデビュー曲

ジュリーといえばそれまではやはりザ・タイガースでアイドル的な大人気を得ていました。

そのタイガースは、この年の初めに解散コンサートが行われました。

その後ジュリーは、ショーンこと萩原健一氏とのツインボーカルで人気を博し、タイガースと、そのライバル的関係にあったテンプターズのそれぞれ一部メンバーの集結したPYG!」というバンドを組んで活動していきます。

 

PYG!の活動との関係

PYG!は「ジュリーとショーケンというGS2大アイドル的スターのツインボーカルという夢のような組み合わせのスーパーバンドのはずでしたが、本格的なロックバンドを目指す触れ込みで、ロックフェスなどに打って出ては罵声を浴びていたといいます。

当時はロックという音楽は、今ほど市民権を得られていないもので、またロック愛好家からはロックの定義的なものを求められている面が強く、およそロックらしくない彼らの存在は、平たく言えば「こんなのロックじゃない」という具合に叩かれたといいます。

またジュリーのファンとショーケンファンがぶつかり合った、というのがまた悪い面に作用してしまいました。そんな事もあってか活動が中止半端になったようで、ジュリーがソロデビューしたこの11月1日、同じ日に萩原健一PYG名義で「戻らない日々」という曲がシングルリリースされています。

という事は、PYGの活動と並行しながらのソロデビューとなった訳ですが、このスーパーバンドは結局は自然消滅で終わってしまうほど、途中からの活動は中途半端なものとなっていました。

 

●タイガースのジュリーから「沢田研二」へ

グループサウンズのタイガースの看板的存在から、バンドを経ながらも「ソロ」となった頃のジュリー、リアルではどんな感じかは体感していないので分かりませんが、このデビュー曲はオリコン最高23位、10.3万枚の売上でした。

次の「許されない愛」からTOP10入りのヒットが続いていきますが、この曲ではまだソロとして確立されていなかった事もあってか、それほどの売行きではなく、なんとか10万を越えたという感じでした。

ライバル的関係の萩原健一氏が歌を続けながらも俳優へシフトしていくのに対して、ジュリーはあくまで歌手を主軸に活動を続け、30歳を過ぎてもアイドル的な立ち位置と独特の奇抜なコスチュームで世を席捲し続けてきました。

この当時は、どんな風にソロとして活動していくか、とにかくまずこんな感じで…という形で出た曲かと思いますが、全体的に柔らかな感じのバラードになっています。

次の曲から悲恋路線的な感じになり、ソロのジュリーが確立されていきます。

 

 

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今日の1曲 (120)Anytime Woman/矢沢永吉(1992)

9月もお彼岸が近づくというのに猛暑日さながらの「今日の1曲」。

 

今日はこの曲!

 

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作詞:松本隆/作曲:矢沢永吉

発売:1992(平成4)年6月3日 (当時42歳)

売上:10.5万枚(オリコン最高9位)

1992(平成4)年6月に発売された矢沢永吉さん31枚目のシングル曲です。

 

●デビュー20周年

1972(昭和47)年に伝説のロックバンド「キャロル」としてデビューした永ちゃん。この年がデビューから20年の節目の年で、その後同名アムバルがリリースされた際も矢沢永吉、20年目のロックン・ロール」なる表記がなされていました。

今は、それから30年も経って永ちゃんデビュー50周年を迎え一昨日9月14日には73歳の誕生日を迎えました。

70歳を過ぎた今もまだキング・オブ・ロックとして第一線に君臨しているなんて、当時から想像できたものでしょうか?

 

●原曲はキャロル時代

この曲は当時の新曲ではあったものの、元の曲はキャロルのラストライブで歌われていたものでした。(ただし正式なスタジオ録音の音源はリリースされていません)

当時は全面英語詞でしたが、このリリース時に松本隆氏が日本語詞を書き下ろしています。この曲の2週間後に同じ曲のEnglish versionの形でシングルリリースされており、同じ曲の日本語と英語とはいえ、永ちゃんのシングル史上最も短いインターバルでのシングルリリースとなっています。

原曲はキャロルラストライブでかなりハイスピードで歌われていますが、永ちゃんのソロ名義で正式な音源化されたこのシングルではかなりゆったりとしたテンポとなっています。

YAZAWAロック等とよく言われますが、その特徴は早口で捲し立てない、歌うテンポ自体はスローで、例えば1分あたりの歌う語数?は他のロック歌手よりかなり少ないと思います。特に日本語詞はスローで、英語詞は早いですが、そこに大きな特徴がある訳です。

 

●歌詞

松本隆氏書き下ろしの歌詞は、男たちにチヤホヤされてるいい女然とした女だけど、実際のところ薄っぺらくてスケスケで、俺はごめんだぜという感じでしょうか(笑)

 

●BOSSの頃

このシングルが出た後に、缶コーヒー「BOSS」の初代CMキャラクターに起用され長年務めていましたが、このBOSSが彼の代名詞のようにもなりました。その前にボスと呼ばれていたようですが、このCMがそのニックネームイメージを決定づけたといえます。

もっともこのCMで演じていたキャラは、冴えない中年サラリーマン的役どころが殆どで、およそBOSSとはかけ離れていたものでしたが…

それまでTVには出ない、と公言していたともいわれる永ちゃんも、この頃から少しずつメディア露出するようになり、それまでのイメージとは違ったコミカルな面も見られるようになり、新しいファン層を得られていく事となっていきます。

 

●同名アルバム

このシングルリリース3週間後の1992(平成4)年6月24日に同じ「Anytime Woman」というタイトルのアルバムがリリースされました。

デビュー20周年記念だからか分かりませんが、それまでとはまた違った形で、気合の入ったロックナンバーが多いように思えました。バラード比率がいつもより少ないような…。

タイトル曲であるこのシングルも1曲目に入っていますがEnglish Versionの方はここには収録されていません。

 

●c/w

カップリングはアルバムにも収録されている「アンジェリーナ」というバラードの秀作です。穏やかな雰囲気で永ちゃんの楽曲にしては「かわいらしい」感じのナンバーです。

 

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