今日の1曲

古い曲に偏りますが1曲チョイスして綴ります。

今日の1曲 (216)とまどい/中森明菜(1998)

10月も遂に下旬に突入し、朝夕めっきりひんやりしてきた「今日の1曲」。

 

今日はこの曲!

 

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作詞:森浩美/作曲:JUNI

発売:1998(平成10)年9月23日 (当時33歳)

売上:1.0万枚(オリコン最高40位) 

1998(平成10)年に発売された、中森明菜さん37枚目のシングル曲です。

●33歳

1980年代前半のアイドル歌謡シーンをトップで引っ張り続けてきた中森明菜さん。

最近はその復活が待ち望まれ、もう少し待ってください、との本人のコメントを得て、心待ちにしている方々もいるだろうなというところです。

そんな中でアクシデント含め波乱の若き頃を経て、90年代も後半に入り彼女は30歳を過ぎていました。

その頃は表舞台でバリバリ出て活躍、というよりも、少し引いたところで、2時間ドラマの主題歌や自身の出演しない作品の主題歌などの形で、その名前を見るようになっていた、そんな頃でした。

そしてこの曲は彼女が33歳になった時にリリースされました。

 

オリコン最高40位

中森明菜さんの楽曲としては30歳を迎えた1995(平成7)年にはオリコン最高10位に入る事が難しくなり、シーンはすっかり変わってしまっていましたが、それでも10位代には入っていました。

といっても、10位代に入る曲もあれば、20位以下になると40位代や60位代にまでなる曲すらあり、往年の売行きはすっかり影を潜め、この曲も最高40位で、売上は1.0万枚、当時では最低記録を更新する格好となりました。世の中的にCDが売れない時代にもなってきてもいましたが…

 

●ドラマ主題歌

当時の花王・愛の劇場」というTBS系昼帯ドラマ枠で放送されていた「39歳の秋」というドラマの主題歌に起用されました。

自分もこのドラマで、この楽曲の存在を知りました。当時無職で求職中の状況で(笑)昼間は家にいたので、ほぼ毎日のようにこのドラマを見てこの楽曲を聴いていました。

ドラマは片平なぎささん演じる39歳の未婚女性が自身の恋愛や他人との触れ合いを経て独自の人生を生きていく姿を描いたものでした。

そしてそんなドラマと、この曲との雰囲気が合っていたことを感じました。

39歳未婚女性が人生に戸惑う姿、既婚者でもその中で生きる辛さに戸惑う姿、いろんな立場の女性たちが、それぞれの状況で「とまどい」を見せるシーンが随所に見られました。

 

●歌詞

全体的に、先に書いたようなドラマの世界観と合っていることを感じます。

ドラマでは39歳の女性が、年下のイケメンから告白されて、そのまま首を縦に振ればつかめる幸せがあるのに、臆病になって踏み出せずにいる、これで良かったのだろうか?と感じる、常にそこに「とまどい」の感情が生まれる、それが歌詞に詰まっている、そんな感じです。

 

●メロディー・ボーカル

壮大で重厚な前奏メロディーで始まり、歌い出すと共にそれらは鳴りを潜め、あくまでも淡々と歌い綴る明菜さんの声が浮き彫りのようにハッキリと聴こえる。歌に力感がないのに、声がはっきり聴こえるのです。若い頃と違って、バラードでも圧倒する歌唱ではなく、内面から湧き出るような歌唱とでもいうのでしょうか。聞けば聞くほど、その美声ぶりを感じる事ができる、中森明菜・第二章という感じがありました。

 

●作家陣

作詞は森浩美さんです。80年代からアイドル曲を中心に作詞家としてSMAPの楽曲など、多数のヒット曲を世に送り出していますが、中森明菜さんへの詞の提供はこの曲のみのようです。ちなみに森浩美さんは男性です。自分もある時期まで女性だと思っていました。

作曲はJUNIさんという方ですが、この方の素性は全く不明です。作曲リストを検索してもこの楽曲しかヒットしない、謎だらけの人物でした。

 

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今日の1曲 (215)なみだの季節/キャンディーズ(1974)

10月もはや半ばまできて、地元は今祭りで盛り上がる「今日の1曲」。

 

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作詞:千家和也/作曲:穂口雄右

発売:1974(昭和49)年9月1日 (当時:ラン19歳、スー18歳、ミキ18歳)

売上:5.9万枚(オリコン最高40位) 

1974(昭和49)年9月に発売されたキャンディーズ4枚目のシングル曲です。

 

●ブレイク前夜

キャンディーズは1973(昭和48)年に「あなたに夢中」(1973.9.1発売。最高36位。8.1万枚)という曲でデビューしました。

初期の曲はあまり知られていないかもしれませんが、この曲までの最初の4曲はオリコン最高40位前後で推移しており、売上はデビュー曲の8.1万枚を最高として10万枚を越えることがありませんでした。

この曲もオリコン最高40位で、売上は5.9万枚でした。それでも、オリコン圏内に入って、何万枚もレコードが売れているのであれば、まだ成功している方かなというところですが。

この曲まではセールス的にそんなところで、煮え切らない感があったと思いますが、次の曲でようやくヒットが誕生します。

 

●メインボーカル

デビュー曲から田中好子さん(以下「スー」と表記)がセンターに立ってメインボーカルを務めており、この曲までの4作はこの体制が続いていました。

個人的にリアルで末期のキャンディーズしか知らなかったので、伊藤蘭さん(以下「ラン」と表記)がセンターのイメージしかなく、スーのボーカル曲は初めて聴いた時は逆に新鮮でした。

 

次の「年下の男の子」(1975.2.21発売。最高9位。26.0万枚)でランをセンターにしてからブレイクしたので、初期のスーがセンターの曲はレア感があります。

初期の曲は高音で、その後の曲は割と低音が目立つのは、このメインボーカルの交代によるもので、聴けばハッキリ感じ取れます。

後期曲しか知らない状態で、スーがメインの曲を初めて聴いた時は「え?これキャンディーズの曲なの?」と思ったものでした。

 

●イントロ

いきなりキラキラ星が散りばめられたような音がイントロに流れ大変印象的な曲ですが、シングルと同名のアルバムに収録されたバージョンではミックスが違っているといいます。

シングルは左右に分かれて聴こえ、アルバムは左、右、中央から流れるようになっているとの事で、このキラキラした音は、1番から2番に入る短い間奏とアウトロのはじまりにも若干聴こえます。

 

●秋の曲

季節でいえば完全に秋ですが、昔のアイドル歌謡ってその時期に合わせたものが多かったですね。山口百恵さんなどはシングルだけで春夏秋冬すべてタイトルにあり「春風のいたずら」「冬の色」「夏ひらく青春」「秋桜といった具合でした。

この曲はその中でも晩秋という感じで

♪寒い季節がすぐ手の届く

とか

♪まるで落ち葉が散るような別れです

等のフレーズに秋から冬へ変わりゆく時期を感じさせます。

 

●歌詞

タイトルにあるように基本的に悲しい曲です。

彼と私は別れる事を考えていて、季節が変わると二人の気持ちも落ち葉が散るように離れていき…といった具合で、友達に戻りたくてももう戻れない…そんなどうにもならない状況が描かれていました。

そしてサビの、おそらくこの曲で最も印象的といえるフレーズである

♪私はあなたが好きでした~

となりますが、この語尾の「た~」の部分の微妙に抑えた感じが個人的にツボです。抑えた感じから徐々に絞りを解いて声が大きくなっていって、その後のサビの盛り上がりにつなげていくような感じがまた良くて、キャンディーズのハーモニーの絶妙さはこのスーがメインの楽曲から既にあった事を感じます。

 

●何気に16ビート

しっとりとして淡々とした曲調の中で、刻まれていたのは16ビートでした。(と思います)

♪季節が変わると(サヨナラ)

などのサビの部分で、チキチキチキチキ…と何気に刻まれている音はやけに早くて8ビートじゃなくて16ビートじゃない?と感じました。昭和40年代の曲に16ビートか?とか思いました。

 

●作家陣

作詞が千家和也さん、作曲が穂口雄右さんです。

この組み合わせは次作ブレイクした「年下の男の子」と同じで、この組み合わせはシングルではこの2曲のみです。

千家さんの作詞がこの2曲だけで、穂口さんはその後のキャンディーズ楽曲に欠かせない存在となりますが、それまでの3作は森田公一さんが作曲を担当していて、本作で初めて穂口さんが担当しました。

それまでの3作がストレートにアイドルの作風でしたが、本作はしっとりした要素が強調されたものとなり、ブレイクしたのは次作でしたが、その萌芽は既にこの曲にあったのかもしれません。

 

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今日の1曲 (214)SUPER STAR/長渕剛(1986)

夏の次に冬が来る?「今日の1曲」。

 

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作詞/作曲:長渕剛

発売:1986(昭和61)年7月2日 (当時29歳)

売上:9.9万枚(オリコン最高13位) 

1986(昭和61)年7月に発売された長渕剛さん15枚目のシングル曲です。

 

●ドラマ主題歌

それまで家族ゲームとその続編「家族ゲームⅡ」の家庭教師・吉本役のみのドラマ出演だった長渕さんが、違う役でドラマ出演したのが、この年放送された「親子ゲーム」で、その主題歌がこの「SUPER STAR」でした。

家族ゲーム」と「親子ジグ・ザグ」に挟まれて、少し影が薄いように言われることもありますが、疑似家族の喋らない「マリオくん」が印象的で、またこのドラマで志穂美悦子さんと共演した事で結婚したという、縁深い作品でもあります。

 

●上昇気運

当時の長渕さんというと、まだそれほど世間的な大物感がなくて、「順子」(1980.6.5発売。最高1位。94.2万枚)と「GOOD-BYE青春」(1983.9.1発売。最高5位。31.6万枚)のヒットした中堅どころ?的な位置づけだったように思います。

「GOODーBYE青春」以降は、再び売上枚数が落ち、「孤独なハート」(1984.3.21発売。最高21位。10.7万枚)はなんとか10万を越えましたが、翌1985(昭和60)年にリリースしたシングルは2作とも4万枚台となり、ドラマタイアップがなくなったとはいえ、かなり落ち込んできていた状況で、本作が再びドラマタイアップもあってか9.9万枚を売り上げ、10万返り咲きまであと一歩、まで来ました。

翌1987(昭和62)年の「ろくなもんじゃねぇ」(1987.5.25発売。最高3位。27.3万枚)あたりから、大物歌手的な雰囲気になっていたような気がします。

本作はその一歩手前の時期、そんな感じで、この曲をリリースして2ヶ月後に30歳を迎えます。

 

●アルバムバージョン

この曲はシングルバージョンとアルバム「STAY DREAM」に収録されているバージョンと、かなりの違いがあります。

シングル版は、ひとくちにいうと軽快という感じで、アルバム版はかなりしつこい感じがします。

サウンドはシングルはブルースハープの目だつフォークロック的なもので、アルバム版はアコギが前面に出つつ、セリフとか前振りとかがかなり「しつこい」感があります。笑い声とかシャウトとか、いろんな声を前奏とラストに盛り込んでいます。
アルバム版は最初からして、Hey!HeyHey!の圧のあるコーラスに長渕氏の何かしらの声が被さるのを6回ぐらい繰り返してて、ラストも同様な感じで長渕氏の放つ声がまた違ったものになっている、かなり遊び心のある作風になっています。

歌い方もアルバム版の方がかなりしつこく、がなりを入れてたり、とにかくシングルしか聞いた事の無い方にはある意味でアルバム版も必聴といえます。

 

●ツンツンヘアー

前年1985(昭和60)年に髪を短く切り、それまでの長い髪からかなりイメージチェンジした長渕剛さん。

この時もそのツンツンに立った髪型で、当時の流行りでもありましたが、しばらくこんな感じかと思いきや、翌年「親子ジグ・ザグ」の時は少し短くなっていて、まさかと思っていたら次の「とんぼ」ではもっと短くなって…という、あまりに急すぎる展開に戸惑いました。この当時の髪型は新しいイメージの長渕剛、という感じで、歌唱が後のだみ声が顕著になっていったのもこの時期だと思います。

それまでも本人はきれいな声ではなく、後のような声になりたい強い思いがあったようで、そんな事を感じさせる楽曲もいくつかはありましたが、髪を短くしたあたりから、後の長渕歌唱が確立されていったように思います。

 

ティーンエイジ 今日でオサラバさ

歌詞は、イキがっていた十代の事をあれこれ綴りつつ、そんなティーンエイジも「今日でオサラバさ」と歌い飛ばしています。

個人的に、20差になった時にこの曲をカラオケで歌って、このフレーズをめっちゃ強調してました(笑) そういう思い出のある曲です。

歌詞には、この曲の収録されているアルバム「STAY DREAM」のフレーズがありますが、これとは別に「STAY DREAM」という楽曲があって、♪くよくよ~するーなよ~、のフレーズで本人出演のCMでも使われていました。

 

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今日の1曲 (213)だって 生きてかなくちゃ/安倍なつみ(2004)

10月3連休に1日足して4連休中の「今日の1曲」。

 

今日はこの曲!

 

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作詞/作曲:つんく♂

発売:2004(平成16)年6月2日 (当時22歳)

売上:5.5万枚(オリコン最高7位) 

 

2004(平成16)年6月に発売された安倍なつみさん2枚目のシングル曲です。

 

●なっちのソロ第2弾

安倍なつみさん(以下「なっち」と表記します)のソロシングル第2弾ということで、初のソロシングルは22歳の私(2003.8.13発売。最高2位。8.1万枚)という曲で、この当時はまだモーニング娘。在籍中で、その卒業発表直後でした。

なっちといえば、今年デビュー25周年を迎え今もなお続くモーニング娘。の結成当初からのメンバーで、またその象徴的存在でもありました。いわばモーニング娘。の看板を背負って、日本を席巻した黄金期を過ごした中心メンバーでだった訳です。

そんな彼女が2003年夏に「卒業」を発表し、その卒業コンサートは翌2004(平成16)年の1月に横浜アリーナで開催されました。

なので、モーニング娘。卒業後に初めてリースしたシングルであり、実質的なソロシングル第1弾になります。

 

●ドラマ主題歌

この曲はなっち自身が主演したドラマ仔犬のワルツの主題歌に起用され、このドラマは日本テレビ開局50周年記念特別企画」とされ、そこで盲目の女性という難役で主演し、そして豪華すぎる役者陣が脇を固めている、かなり気合の入った作品の感がありました。

このドラマで主演を掴み、なっちの将来が大いに期待されましたが…、、その先の事は触れないこととします。

 

●ドラマとリンクした曲

「だって 生きてかなくちゃ」というタイトル通り、

♪みんな必死なんだから

というフレーズもあり、この曲の雰囲気がドラマにも表れていました。

ドラマでは盲目でいじめを受ける主人公が、相続争いに揺れる一家に飛び込んでいく形でピアノ絡みで巻き込まれるという、かつての「少女に何が起こったか」を彷彿とさせるものがありました。

 

そんなドラマの気を抜けない展開もあって、この曲もゆったり聴けないと思うようになり、曲がドラマにリンクする事を感じました。

 

●チャンスをつかめ

♪TAKE MY CHANCE

というのはまさにそういう意味ですが、

♪諦めるくらい簡単だから

という事で、諦めなかったらチャンスは掴める、という事かと解釈しました。

誰かの為にじゃなく、自分の為に「もっと愛されなくちゃ」とも言っています。

モーニング娘。を卒業したなっちでしたが、その後もHello!Projectに残り、この曲もつんく♂氏の手によるものでした。

 

●MV

この曲の記事を書くにあたって、MVを初めて見ました。

バックダンサーは、カントリー娘。のメンバーと、ココナッツ娘のアヤカさんということで、いわゆる身内で固められたものでした。

歌っているシーンも含めて暗部が多く、ドラマの劇中も暗部が多かった印象が強くて、リンクするような感覚がありました。

 

なっちのこの次の曲は「恋のテレフォンGOAL」という180度方向の違うカラッとした明るい曲になっていて、妙な違和感がありましたが、この曲のリリース後にある事件が起きてしまいました…。

その後2009(平成21)年にHello!Projectを卒業して、また結婚してからは仕事をセーブしているようで、近年はあまり表舞台に出る事はないようです。

 

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今日の1曲 (212)ジェームス・ディーンのように/Johnny(1981)

10月になって朝がめっきり寒くすらなった「今日の1曲」。

 

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作詞/作曲:Johnny

発売:1981(昭和56)年11月1日 (当時23歳)

売上:50.2万枚(オリコン最高3位) ※1982年度年間16位

 

1981(昭和56)年11月、横浜銀蝿のメンバーである「Johnny」さんが初めてソロ名義でリリースしたシングル曲です。

前記事が嶋大輔さんの「男の勲章」でしたが、これを作詞作曲したのはJohnnyさんなんですよね。偶々自分のi-Podでシャッフル再生してから、次の曲がこれで、そのまま記事にしています。すごい繋がり…。

 

●Johnnyのソロ

「不良」「ツッパリ」の象徴として革ジャンにリーゼント、ドカン(ズボン)の出で立ちで現れた横浜銀蝿は、瞬く間に若者の人気を集め、当時のロックのトップを走るバンドといっても過言ではない状況でした。

彼らのほとんどは髭を生やしたコワモテでしたが、ひとりだけ髭を生やしていない「甘い」系がJohnnyさんで、若い男性人気の集まった銀蝿にあって、女性人気を集めていたのが彼でした。

そんなJohnnyが満を持して、というほどの年月は経っていませんが、ソロでリリースしたシングルです。待望論はあったんだろうな、というのは当時から何となく感じていました。

 

●50万ヒット!

この曲はオリコン最高3位を記録し、50.2万枚の売上げを記録し、1982年度の年間16位という大ヒット曲になりました。

グループ活動をしている最中にソロ名義で出るシングルってあんまり売れないイメージがありますが、この曲は大ヒットしました。

この年はじめにリリースされ、横浜銀蝿出世作になった「ツッパリHigh School Rock 'n Roll(登校編)」が同じくオリコン最高3位で、56.6万枚のヒットを飛ばし、これに匹敵する大ヒットであり、銀蝿本体系列すべて含めて総合2位のビッグヒットを叩き出しました。

 

●継続出演

当時の歌謡ランキング番組として君臨していた「ザ・ベストテン」では、この曲が初めて10位以内にランクインする前の週まで横浜銀蝿として「ツッパリHigh School Rock 'n Roll(試験編)」がランクインしていましたが、翌週には10位圏外となり、代わってこの曲がランクインしたため、Johnnyさんだけが同番組に継続出演となり、銀蝿本体とJohnnyさんのソロで2曲同時にランクインは残念ながら実現しませんでした。

 

●カモンカモン

とにかく

♪おいでカモンカモンカモン 

と何回も歌ってるイメージの強い曲で、めっちゃカモンカモン言ってます(笑) コーラスまで♪カモーン カモーン カモーンと。

最後なんてカモンカモンしか言ってないんじゃないか、ってぐらいです。

 

●ドラマ主題歌

自身を含めた横浜銀蝿のメンバーや、後に銀蝿一家として出てくる嶋大輔さんや杉本哲太さんなども出演していたTBSドラマ「茜さんのお弁当」という作品の主題歌に起用されました。

 

当初このドラマは、すごく地味とされ期待もされなかったそうですが、人気作品となり、また準主役で出ていた川谷拓三さんはこの直後、「3年B組貫八先生」で主演に抜擢されました。

 

●原曲名

「ジェームス・ディーンのように」ってすごくカッコいいタイトルですが、当時これが何んの事か分かりませんでした。若い命を燃やしたアメリカの俳優、と知ったのはだいぶ後の事でした。何せ当時小5だったので…。日本でいう赤木圭一郎さんのような感じなのでしょうか。

 

そんなカッコいいタイトルは、実は変更されたものだそうで、元は「トラボルタのように」というウソでしょ?って感じのタイトルだったそうです。

トラボルタもカッコいいし、なんといっても「サタデーナイト・フィーバー」のあのポーズキメてる方なので、当時の憧れの的ではありますが、タイトルの語呂的にガクッと来るような、そんな感じがします。

結局は、ジェームス・ディーンのように、の方がカッコいいな、となって今に至るとの事ですが。

 

●突然のジミー

ちなみに歌詞に

♪ジミーのように~

と出てきますが、なんでいきなりここでジミーが出てくるん?誰それ??と思ったものでしたが、これこそがジェームス・ディーンの愛称であり、この曲の歌詞中唯一彼を表す名詞として出てくるフレーズなんですね。

タイトルの割に歌詞中に「ジェームス・ディーン」の文字は一切出てきません。ここに出てくる♪ジミーのように~ がそのままジェームス・ディーンのように、だった訳です。歴史の勉強、しないと分からないものですね、こういうとこは。

そんなジミーのように、の続きは

♪しらけていたって時は過ぎるし

とネガティブに歌われていて、そこからの

♪飛ばすぜ ハイウェイ オールナイトのステージ!

と一転して活気づいていきます。

ジミーに関するネガティブな描写は、ジェームス・ディーンという俳優が自らの生い立ちのごとく、孤独や苦悩に満ちた感情をスクリーン越しに表現していたから、ではないかと思います。

「ジェームス・ディーンのように」というタイトルから、彼のようになりたい的な曲かと思っていましたが、彼に対する描写は導入部だけで、そこから我が道を突っ走るぜ、的な流れと感じました。

当初は「トラボルタのように」だったというので、それだとまた歌詞が違うものになっていたんでしょうかね?(笑)

 

●銀蝿よりも軽快なロック

横浜銀蝿本体から派生した最初がこのJohnnyさんのソロであり、その後嶋大輔さんやらになっていく訳ですが、彼らの楽曲は総じてスピーディーで軽快なロックという感じです。

間奏は結構ビートとエレキが効いていますが、ボーカルの部分では銀蝿は翔さんの超絶ダミ声が強烈であり、銀蝿とこれ以外とは一線を画した感がありました。

Johnnyさんのソロシングルは、この後もいくつかリリースされますが、次の「$百萬Baby」(ひゃくまんどる・べいびー)ではオリコン最高1位を記録します。

 

その後のJohnnyさんは横浜銀蝿解散後はレコード会社に就職しプロデューサーなど裏方を務め、近年の横浜銀蝿復活時も、本業の為限定的な参加となり、レコード会社の社長にまで上り詰めました。その後、銀蝿のリーダー・嵐さんの死去などあり、レコード会社の社長を辞職する形で、銀蝿の表舞台に戻ってきて現在に至ります。

全員が60歳以上となった銀蝿ですが、まだ尚盛んな情熱が彼らを動かしているといったところです。

 

今日の1曲 (211)男の勲章/嶋大輔(1982)

遂にもうすぐ9月も終わる「今日の1曲」。

 

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作詞/作曲:Johnny

発売:1982(昭和57)年4月28日 (当時17歳)

売上:37.7万枚(オリコン最高3位) ※1982年度年間25位

1982(昭和57)年4月に発売された嶋大輔さん2枚目のシングル曲です。

 

●銀蝿一家

後に杉本哲太さんなどの紅麗威甦(グリース)や岩井小百合さんなどが現れますが、当時ロックの最前線にいた横浜銀蝿の弟分的な「銀蝿一家」の先駆的存在として注目を浴びた嶋大輔さんは、その横浜銀蝿のコンサートを見に来ていたところを事務所からスカウトされたといいます。

 

●銀蝿プロデュース

そんな銀蝿の弟分となった嶋さんは、横浜銀蝿「ツッパリHigh School Rock 'n Roll(試験編)」(1981.10.7発売。最高6位。27.0万枚)=銀蝿が世に出た作品は同曲・登校編)の歌詞に登場し、名義も横浜銀蝿+嶋大輔」となっています。

その後、1982(昭和57)年に入り本格的にソロで売り出されることになり、ソロデビュー曲「Sexy気分な夜だから」(1982.2.10発売。最高7位。16.2万枚)は横浜銀蝿のボーカルである翔さんの手によりつくられました。

 

これに続いての2作目が本作で、こちらは同じく銀蝿メンバーであるJohnnyさんの手による楽曲です。

ジャケットにありますが、当時放送されていたドラマ「天まで上がれ!」の主題歌に起用され、これは当時人気だった石立鉄男さん主演のホームドラマで、嶋さん自身も出演していました。

サウンド的には当時の銀蝿のものの延長上というか派生というかそんな感じで、歌詞的にはJohnnyさんなのコレ?という感があります。

当時の銀蝿メンバーで唯一、髭を生やしていなかったメンバー随一のスマート感溢れた彼の意外と泥くさい、男くさい(タイトルがまさにそのものですが…)ものになっています。

 

●タイトル

なんといってもまずタイトルが印象的すぎます。

 

男の勲章

 

インパクトがありすぎでした。

当時小6でしたが、言葉遊びを面白がる年頃なので、それはもうこの曲なんてまさにその対象でした。男のアレ(優勝の事ではない)だといってキャッキャキャッキャしていたものです。

当時、この少し前に某CMにあった「男には男の武器がある」というフレーズがはやって、やはり周囲が騒がしくなったものでしたが、こういう単純かつインパクトのあるフレーズは「強い」と感じます。いわゆるパワーワードですね。

そしてこの曲は嶋大輔さんにとって最大のヒット曲(37.7万枚)にもなり、代名詞のようにもなりました。しかし17歳でこの貫禄はすごいですね。

オリコンチャート的には最高3位でしたが、売上枚数は自己ベストであり、チャート的には次作「暗闇をぶっとばせ!!」(1982.8.11発売)が唯一のオリコン1位を獲得していますが、売上枚数は28.0万枚と少し落ちる事となります。

 

●ツッパリ

タイトルもですが、歌い出しもまたインパクトのあるものでした。

正直、これしか知らない、これだけは知ってる、という方も少なくないと思います。

なにしろ

♪つっぱることが男の~

ですから。

当時は「ツッパリ」という言葉が、流行りであり、カッコいいものとされていた、と感じていましたが、横浜銀蝿自身が流行らせたこの言葉を、弟分の曲の前面に持ってきたな、と感じます。

ツッパリ=不良、リーゼントにサングラス、という横浜銀蝿そのもののイメージを持つ人も少なからずだったと思います。いわゆる当時でいう「トッポい」感じですね。

当時出てきだした「おにぎりQ」のCMでも、♪ヒッパレ~ヒッパレ~とか歌われながら、サングラスにリーゼントの青年が出てきて、そこのところに「ツッパレ~」と書かれていて、そのくらい世間的にツッパリというものがそういうイメージで浸透していたのだなと感じました。

 

そして

♪たった一つの勲章 だってこの胸に信じて生きてきた

とつづきます。

つっぱる事が男の勲章、という訳です。

感化された人々は、これはもう「つっぱるしかない!」と思ったのではないかな、と思います。で、それをマインドよりもカッコ(外見)から入っていくような、そんな時代だったようにも思います。

 

●たたき上げの曲

世間の壁とか、歯を食いしばりとか、がんばってきた、とか世の中のシステムに抗って生きる男の泥くささが前面に出た歌詞になっています。

横浜銀蝿のメンバー自体は大卒揃いの実はエリート集団で、そんな彼らの「創作」という感じの楽曲群でしたが、嶋さんはそういう感じではなかったようで、16~17くらいでスカウトされて飛び込んできた、そんなたたき上げの男の生きざまが描かれたような歌詞です。

これを作ったのがエリートのJohnnyさんであり、彼は後にレコード会社に就職し、プロデューサーや社長にまでなり、音楽界をけん引する存在になったのがまた面白いと感じます。

 

それにしてもこのジャケットを見ていて感じたのが、それまで集団でドカンのズボンを履いたり、不良然とした格好を前面に出して「ピン」で映った歌手ってあまりいなかったのではないか、という点です。

かつてキャロルやダウンタウン・ブギウギバンド、クールスなどロックを前面に出したバンドはそんなスタイルで「集団」としてジャケットを飾っていましたが、ピンはなかなかいなくて、ちょっと方向が違うものの舘ひろしさんなどは割と不良然とした雰囲気で映っていたりしましたが、もう少し低年齢の10代で「ピンのツッパリ」然としたスタイルは嶋大輔さんが元祖のように思います。

 

●後の展開

リリースから20年以上経った2003(平成15)年に同曲をセルフカバーし、再度注目を浴びました。

2005(平成17)年には続編的は「大人の勲章」という楽曲をやはりJohnnyさんの作詞作曲でリリースし、この路線が彼のキャラとして完全に定着しました。

 

ヒット曲が出ると、そこから離れたがる傾向が歌手にはありますが、一周回ってくると大抵原点回帰するものだな、と彼の足跡を辿っていても感じました。

 

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今日の1曲 (210)UNバランス/河合奈保子(1983)

9月最後の土日、2023年も3/4が終わろうとしている「今日の1曲」。

 

今日はこの曲!

 

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作詞:売野雅勇/作曲:筒美京平

発売:1983(昭和58)年9月14日 (当時20歳)

売上:20.1万枚(オリコン最高4位) ※1983年度年間64位

 

1983(昭和58)年9月に発売された河合奈保子さん14枚目のシングル曲です。

 

●20代初シングル

河合奈保子さんはこの年の7月24日で20歳になり、この曲が20代を迎えて初のシングルリリースとなりました。

髪もその前から短めにはしていましたが、ここでまたかなりのショートヘアになりました。

当時リリースのアルバム「ハーフ・シャドウ」にも収録されています。

 

●最後の20万シングル

河合奈保子さんのシングルで最も売れたのは、前作のエスカレーション」(1983年6月発売。最高3位。34.9万枚)ですが、本作ではギリギリ20万を越える20.1万枚の売上でした。

それまで13枚のシングルで5作が20万枚越えでしたが、本作が最後の20万枚越え以後はほぼ右肩下がりでセールスが推移していく事となります。結局20代では唯一の20万シングルだった訳ですね。

音楽活動自体は充実していきますが、セールスは反比例する形になっていってしまいました。

 

●大人の切なさ

出だしが♪ルルルルル…と、ファルセットを交えながら入っていきます。

西風と書いて「あき」と読ませるこだわりの詞は売野雅勇氏の手によるもので、某洋楽にかなり似ているといわれるメロディーは筒美京平氏によるものです。

あくまで低めの抑えた声で、淡々と歌い進めていく歌唱で、脱アイドル感があります。

彼女の楽曲では、1年前の「けんかをやめて」(1982年9月発売。最高5位。21.5万枚)あたりから、大人っぽい楽曲の路線になり、それまでの健康美をウリにしたような楽曲から転換が図られていったように思います。

同じ竹内まりやさん作の「Invitation」(1982年12月発売。最高8位。18.0万枚)もバラード調で、しっとりした曲調が続いていき、前作エスカレーション」でようやくポップス路線に戻りますが、大人の路線ではあり、少し危ない雰囲気を醸し出すようになって、からの本作という流れとなっています。

 

●名フレーズ

初めて聴いた時から印象的だったフレーズがあります。

♪愛してる それだけじゃ何か足りない

です。

当時中一でもあり、この感情がよく分かりませんでした。好きだといったら好き、という感じだったので。

言葉でそれを言うだけではない、それだけでは足りない感情である、という事なのかなと感じるようになりましたが、

♪自分でももう止められない

というくらいの感情で、

♪バランスが危うくて

心のバランスが保てないくらいになっていて、

また、この曲の主人公の女の子は普段はおとなしい、感情をあまり表に出さないタイプのようで、

♪おとなしい子じゃいられないほど あなたが好きよ

と感情を吐露します。

おとなしい子でも好きとなったら感情が燃え上がる、という事を思い知りますが、大人になって女性のそういう感情に触れると、また現実味を感じます。けっして虚構の中でこの詞が出てきている訳じゃない、という事を思い知ります。

 

あとは…「苦しみめいて」という言い回し、この「めいて」というのをこの時初めて言葉として聞きましたが、それでもニュアンスがすぐに感じ取れました。意味が分からんかったわりに自分の中では認識できた気がしました。

 

●この曲にまつわる思い出

この曲のリリースされた頃は、自分の人生の中でもものすごく楽しかった頃で、学校でも家にいても本当に楽しかったのですが、中一の分際で自分の部屋にテレビなどあるはずもなかったので、代わりにラジオをよく聴いていました。

そんな中で聴いていたのが「奈保子のひとり言」というラジオ番組で、土曜日の21時頃に放送されていましたが、その時のこの曲が流れ、そのままエンディングの音楽が流れていたのを覚えています。

この時この曲をカセットテープに録音しましたが、後で何かを上書きしてしまいました…、しかしこのラジオ番組自体は、後にYou Tubeで聴くことができ、つくづく後の時代まで生きてこれて良かったな、と感じました。

 

もうひとつは、少し後年の話になりますが、後にレギュラーラジオになった「奈保子のときめきトワイライト」という平日10分、日曜30分の番組で、日曜の拡大版の時に時々公録をやっていて、その時のライブの様子が放送されました。

当時1988(昭和63)年春頃でリリースから4年半くらい経っていましたが、ライブで色々披露した曲の中のひとつとして、この曲が歌われていました。サビの♪バランスが~ という部分のイントネーションが、このライブ版では音源と違っていました。

この当時は自身で作曲するようになっていたので、そのあたりも含めて歌に変化が出たのかな?とか思って聴いていました。

 

 

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