今日の1曲

古い曲に偏りますが1曲チョイスして綴ります。

今日の1曲 (151)スコーピオン/桑名正博(1979)

12月も中旬に差し掛かった「今日の1曲」。

今日はこの曲!

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作詞:松本隆/作曲:筒美京平

発売:1979(昭和54)年4月21日 (当時25歳)

売上:1.7万枚(オリコン最高72位)

1979(昭和54)年4月に発売された桑名正博さん6枚目のシングル曲です。

 

●ブレイク前夜

1976(昭和51)年「真夜中列車第二便」という曲でソロデビューした桑名さん、この曲はオリコン100位に入らず、次の1977(昭和52)年「哀愁トゥナイト」がギリギリともいうべきオリコン99位にランクインし、歌番組にも出ていた映像が残っています。

翌1978(昭和53)年にリリースした「サード・レディー」(1978.11.25発売。オリコン最高22位。11.0万枚)が初めてヒットらしいヒットとなり、その次に出たシングルが本作となります。

しかしながら、前作のようなヒットにはならず、最高72位どまりで1.6万枚の売上に終わりました。聴いててキャッチーで売れ線の曲かな、と思いましたが、色々流れに乗れなかったのでしょうか?

この次に出たのが、あの「セクシャル・バイオレット№1」です。

言わずと知れた桑名正博最初で最後のオリコン1位の曲でもあれば、TOP10圏内に入ったのも、この曲だけでした。なので本作は、そんなブレイク前夜に出た曲、という事になります。

 

●時代を牽引した作家陣

桑名正博さんといえば、ロックミュージシャンであり、自作で曲を出しているイメージがありましたが、特にシングルは他の作家陣から提供された曲がメインというぐらい、自作シングルは出していませんでした。

アルバム曲で作曲はしていて、作詞はほとんどしないというスタンスでしたが、このシングルの作家はナント松本隆作詞、筒美京平作曲という、当時の「歌謡曲」の世界を牽引した作家陣でした。

太田裕美さんの「木綿のハンカチーフ」もこのコンビの手によるもので、そう考えると、本当に色んな歌手にいろんなジャンルの曲を提供していた事に驚かされます。

ちなみに桑名さんの出世作「セクシャル・バイオレット№1」も、このコンビの手により世に送り出されました。

 

●楽曲

イントロの音に「売れ線」を感じましたが、結果的にはそれほどセールスには繋がりませんでした。

総じて♪さそり座生まれの炎の女 の情熱的な曲、という感じです(笑)

スコーピオンとは、さそりでありさそり座でもありますが、個人的に「さそり座生まれは怖い、凶暴だ」という事を小学生ぐらいから脳に刷り込まれた事があって、この曲もそういう感じの曲なんだろうなと初めて聴いた時に思いました。

1番は別れのシーンがメインで、別れが辛いと泣いた女の涙が、赤い夕陽に真っ赤に染まっていく、というもので、更には♪別れるならば 一緒に死んで と情熱的すぎる詞が続いていきます。

そして次が♪泣かせる言葉を 口走る ときます。ここで「口走る」という表現を使うのか!と感じました。「囁いた」でも「吐き出した」でもなく、「口走る」か!と。

そしてサビのスコーピオン スコーピオ…と続きます。さそり座生まれか…、となって「やっぱ怖いな」と思いました(笑)

2番の最初もまた怖いですね♪地球の裏側 地の果てまでも 不幸を背負って追いかけてくる と…。桃太郎電鉄「ボンビー」が真っ先に浮かびました。

 

●テンションの高いボーカル

桑名さんのボーカルで個人的に、最もテンションが高かったのはこの時期だと思います。当時出たアルバム「KUWANA №5」の曲(本作もここに収録)をそれぞれ聞いていても、独特のダミ声がものすごく強調されている感があって、最もボルテージ高く歌っているような感じでした。

それ以降も勿論ロックしてる訳ですが、少しずつ「枯れ」の要素も滲み出ていて、この時のような「どんな曲も全力」感は薄れていくので、この時期のテンションがすごく好きですね。いわゆる「高まり」ます。

 

惜しくも59歳の若さで亡くなられた桑名さん、早いものでそれからもう10年経ちました。御存命ならまだ69歳、カッコよく歌う姿も見たかったものです。

 

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